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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)8731号 判決 1956年10月26日

主文

被告は、原告に対し、別紙第二目録記載の建物を収去して、同第一目録記載の土地を明渡し、かつ昭和三〇年九月二三日から右明渡ずみまで一ケ月金四、〇六一円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告において金六〇万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、(一)原告は、別紙第一目録記載の土地(以下本件土地という)を、昭和三〇年九月二二日から所有している。(二)被告は、本件土地の上に、原告がその所有権を取得する前から、別紙第二目録記載の建物(以下本件建物という)を所有し、爾来権原なくしてその敷地たる本件土地を占有している。(三)よつて被告に対し、本件土地の所有権にもとづき、本件建物を収去して同土地を明渡し、かつ原告がその所有権を取得した日の翌日たる昭和三〇年九月二三日から右明渡ずみまで一箇月金四、〇六一円の割合による本件土地の地代相当の損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだと述べ、被告の主張に対し、本件土地が元訴外斎藤静枝の所有であつたこと、同訴外人が昭和二八年七月原告から金員を借用し同債務担保のために本件土地に順位第一番の抵当権を設定したこと原告が右抵当権の設定を受けるにあたり将来訴外斎藤静枝において本件土地に建物を築造すべきことを知つていたこと、原告が昭和二九年一月、右抵当権の実行として、民法第三八九条によつて本件土地と建物との双方について競売をなし、原告が本件土地を、被告が本件建物をそれぞれ競落しその所有権を取得したことは何れもこれを認める。又原告が右抵当権の設定を受けるにあたり、訴外斎藤静枝が将来本件土地に建物を築造することに承認を与えていたこともこれを認めるけれども、右承認は、将来築造せらるべき右建物が完成した後、これを担保として、原告が訴外斎藤静枝に対して金員を貸与することを停止条件としたか、又は同訴外人が完成後の同建物を担保として原告から金員を借用しないことを解除条件としたものであるところ、原告と訴外斎藤静枝との間には、右建物を担保として金員の貸借がなされなかつたから、前記承認はその効力を生じないか又はその効力を失つたものである。その余の事実は否認する。本件建物は前記抵当権設定後にその築造に着手したものであるから、被告は民法第三八八条によつて地上権の設定を受けたものとみなされるに由ないものであると述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、請求原因(一)の事実は認める。同(二)の事実中被告が昭和三〇年八月三〇日から本件土地の上に本件建物を所有し、爾来同土地を占有していることはこれを認めるけれども、右占有が権原なくしてなされているとの事実は否認する。同(三)の事実中昭和三〇年九月二三日以降の本件土地の地代相当額が原告主張のとおりであることは認めると述べ、被告の本件土地の占有はつぎの事由によつて適法であるから原告の請求は失当である。即ち、(い)本件土地は元訴外斎藤静枝の所有であり、同訴外人は、昭和二八年七月原告から金員を借用し、同債務担保のために、同土地に順位第一番の抵当権を設定したのであるが、当時訴外斎藤静枝は、本件土地に本件建物を築造中であつて、原告はこの事実を知りかつこれが築造に承認を与えて前記抵当権の設定を受けたのである。而して、原告は、昭和二九年一月、右抵当権の実行として民法第三八九条によつて本件土地と建物との双方について競売をなし、原告は本件土地を、被告は本件建物をそれぞれ競落してその所有権を取得したのであるから、原告は被告のために、民法第三八八条によつて本件土地に地上権を設定したものとみなされた。(ろ)仮りにそうでないとしても、原告は、本件土地に抵当権の設定を受けるにあたり、前記のとおり訴外斎藤静枝が同土地に本件建物を築造しつつあることを知り、かつこれが築造に承認を与えたのであるから、原告は同訴外人のために本件土地に本件建物所有を目的とする地上権か賃借権かを設定し、将来同建物の収去を求める権利を放棄したものというべく、従つて訴外斎藤静枝から競落によつて本件建物の所有権を取得した被告に対し、同建物の収去と本件土地の明渡を求めることはできないと述べた。(立証省略)

理由

一、本件土地が昭和三〇年九月二二日から原告の所有であり、被告が同年八月三〇日から同土地に本件建物を所有し、爾来本件土地を占有していることは当事者間に争がない。

二、そこで、先づ、被告がその主張のように本件土地に地上権を有するかどうかについて判断する。

本件土地が元訴外斎藤静枝の所有に属し、同訴外人が昭和二八年七月原告に対しこれに抵当権を設定したこと、原告が右抵当権の実行として昭和二九年一月民法第三八九条によつて本件土地と建物との双方につき競売をなし、原告が本件土地を、被告が本件建物をそれぞれ競落してその所有権を取得したことは当事者間に争がない。

ところで民法第三八八条は土地に対する抵当権設定当時建物が土地の上に存する場合についての規定であつて、抵当権設定後土地の上に建物を築造した場合についての規定でないことは、同法条自体から明らかである。けだし更地として評価して設定した抵当権が後にいたつて地上権によつて制限されることは抵当権の不当な圧迫となるからである。

さて、本件抵当権設定当時本件建物が完成していなかつたことは被告の主張自体によつて明らかであり、証人斎藤正志の証言によれば、本件建物は右抵当権設定当時基礎コンクリートの上に土台を据付けたに止まり、その建築材料の大部は東京都北区王子中里におかれ、その一部が本件土地に搬入されていたに過ぎないことが認められる。証人阿部辰蔵の証言は、右抵当権設定より少し前のことにかかるから、右の認定の妨げとなるものではない。

而して、原告が前記抵当権の設定を受けるにあたり、将来訴外斎藤静枝において本件土地に建物を築造すべきことを知つていたばかりでなく、これに承認を与えていたことは原告の認めるところであり、証人阿部辰蔵の証言によれば、原告は右被担保債権の弁済期までには建物が築造されるにいたるべきことを予期していたことが認められるけれども、また、同証人の証言によれば、原告は本件抵当権設定当時本件建物の築造に着手されていたことを知らず(これに反する証人斎藤正志の証言は措信しがたい)、本件土地を更地と信じ更地として評価して抵当権を設定したものであることが認められ、成立に争のない乙第一号証に右証人の証言を綜合すれば原告は本件抵当権の設定にあたり訴外斎藤静枝との間に、(一)同訴外人は本件土地に原告の承認する設計通りの建物を被担保債務の連帯保証人たる訴外株式会社斎藤組を建築請負責任者と定めその所有として建築すること、同訴外人は右建築請負責任者を変更しないこと、(二)同訴外人は右建物の建築中なるとその完成後なるとを問わず、被担保債務を完済するまでは同建物を第三者に売買譲渡貸与しないこと、(三)同訴外人は、右建物の完成次第これが所有権保存登記をなし、直ちにこれに抵当権を設定して原告から金円を借受けること(四)同訴外人は、右建物の建築費用を原告以外の者から融通を受けないことを約し、もつて本件土地に原告の承認する以外の建物が築造されること、原告の承認する以外の建築請負責任者によつて建物の築造がなされること、築造された建物が第三者に売買、譲渡、貸与されること、同建物に第三者のために担保権が設定されることなどによつて本件土地の担保価値の低下すべきことを極力防止しようとしたことが認められる。

而して証人斎藤正志の証言によれば、本件建物は原告の承認する設計通りのものでないこと、訴外斎藤静枝は本件建物の建築費用を原告以外の被告から融通を受け被告のために本件建物に抵当権を設定したことが認められる。

してみると、本件建物は前記抵当権設定当時本件土地の上に存しなかつたばかりでなく、前記各事情の下において地上権を設定したものとみなすことは、抵当権者たる原告の予期に反し、抵当権の不当な圧迫となることが明らかであるから、本件建物の競落人たる被告のために民法第三八八条によつて地上権を設定したものとみなすに由ないものと考える。よつて、被告が本件土地に地上権を有するとの主張は理由がない。

三、つぎに、被告は、原告は本件土地に抵当権の設定を受けるにあたり、訴外斎藤静枝が同土地に本件建物を築造しつつあることを知り、かつこれに承認を与えたから、同訴外人のために本件土地に右建物所有を目的とする地上権が賃借権かを設定したものというべきであると主張する。しかしながら、かかる事実があつたからといつて、これによつて当然に主張の如き地上権か賃借権かを設定したものと認められないことは明らかであるばかりでなく、被告の全立証をもつてしてもこれを認めることができないから右主張は理由がない。

四、昭和三〇年九月二三日以降の本件土地の地代相当額が一箇月につき金四〇六一円であることは当事者間に争がない。

五、よつて、本件土地の所有権にもとづき、被告に対し、本件建物を収去して同土地を明渡し、かつ原告がその所有権を取得した日の翌日たる昭和三〇年九月二三日から右明渡ずみまで一箇月金四〇六一円の割合による本件土地の地代相当の損害金の支払を求める原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。(昭和三一年一〇月二六日東京地方裁判所民事第一〇部)

第一目録

東京都渋谷区円山町二七番の三〇

一、宅地三五坪

同所同番の三九

一、宅地一二坪九合八勺

第二目録

東京都渋谷区円山町二七番地所在

家屋番号同町二一一番の四

一、木造瓦葺二階建旅館 一棟

建坪 三八坪三合一勺

二階 山六坪七合六勺

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